Interview

藤永 美欧氏

大塚:美欧さんにお話をお伺いします。よろしくお願いいたします。

大塚:現在の職種、業界、仕事内容を教えてください。
藤永:シンガー•ソングライターとして和をモチーフとした音楽活動をしています。現在、ロンドン在住です。ロンドンでは、日本企業や日本製品の海外コーディネート•PRの会社を営んでいます。

大塚:ここまでのキャリアパスを教えて頂けますか?
藤永:上智大学で教育学を学び、卒業後は昭和大学の看護専門学校に学士入学で進学しました。大学3年生の終わりに、最愛の父が急死をしました。その際に、最愛の人間との死別を経験して、人生観が大きく変わりました。
そこから、『やりたいと思ったことには全てチャレンジしてみよう!』と人生に対してとても貪欲になりました。
看護学校では、好きな勉強ができて非常に充実した日々でしたが、学校の体質がどうしても合わず、二年半で自主退学しました。ここで目標を一度失いました。
看護学校時代は、日々の勉強や実習が大学時代とは比べ物にならないほど忙しく、興味があっても忙しくてチャレンジできなかったことがいくつかありました。学校を辞めて時間ができたので、チャレンジしてみることにしました。それが、英会話の勉強とボイストレーニングでした。語学は独学で学んだ後に実戦のために海外一人旅をしたりしました。そして、少しずつ語学が上達してきた頃に、海外の国際ミスコンテストで日本の文化や観光について英語でご紹介ができるミス日本を探していらっしゃる方との出会いがあり、推薦して頂き、日本代表としてミスコンテストに参加させていただく機会を頂きました。コンテストでは、世界各国の色々な国の代表との交流で、国際的な視野がとても広がりました。また、世界の中で自分が日本人であるというアイデンティティーや自覚も強くなりました。その一年後、ふと『やりたいと思ったことには全てチャレンジしてみよう!』という座右の銘を思い出し、兼ねてからライブハウスで一度バンドでライブをしてみたいと思っていたので、行動に移そうと思い、インターネットでバンドメンバーを募集しました。そこでお会いした方がつくっていた音楽が和楽器とレゲエを組み合わせた和洋折衷なものでした。そこから和と洋を融合させた音楽活動が始まりました。和のものには、それまで全く興味がなかったのですが、改めて興味を持ってみると新鮮な発見や気付きの連続でした。そこからは和洋融合な音創り•表現をしたい、と活動にのめり込んでいきました。 そうして熱中しているうちに、自分でも生まれて初めて本当にやりたいと思うこと、生きがいと呼べるものと出会ったという実感がありました。これまで教育、看護、海外一人旅、コンテストと色々なことを心の向くままに経験してきて、その全てが全て活かせるのがこの音楽活動だと思いました。自分が教育者として伝えたかったメッセージ、看護を通して与えたかった癒し、コンテストを通して日本代表として世界にお伝えしたかったメッセージなどその全てを楽曲、作品に込めることができると思いました。 回り道をしましたが、それまでの経験が何一つ無駄にならずに、現在に活きていると思います。音楽を始めたのが20代も後半で非常に遅かったのですが、私にとっては最善のタイミングだったのだと思います。よく引き寄せの法則などでは、点在していたものが一本の線で繋がる瞬間があるのだ(ダイヤモンド現象)といいますが、まさに私にとってはこの瞬間がそれ(ダイヤモンド現象)でした。
そこからは、必要なご縁が引き寄せられ、連鎖して、とても順調に活動をスタートさせることができました。非常に強運だと思っています。
音楽を始めた当初に掲げていた3つの目標も全て達成することができました。

  1. 海外の世界遺産で歌う
  2. 能舞台で歌う
  3. 世界中を歌って回る

大塚:本当にやりたいことと出会えているのは幸せですね。全てがつながる経験が出来る方は多くないと思います。素敵です!
改めて学生時代、頑張っていたこと熱中していたことなどを教えて頂けますか?
藤永:アルバイトとサークル活動です。アルバイトは、学習塾の講師を高校卒業後すぐに始めました。 また、東京女子医大にて看護助手のアルバイトもしていました。 私は、学生時代は実家が経済的に困窮していて勤労学生でしたので、アルバイトに励んでいました。多いときでは、10種類同時に掛け持ちしていました。サークルは大学時代には、ジャズサークルでトランペットを吹いていました。看護学校時代には演劇サークルで、小劇場などでの舞台劇に出演していました。

大塚:就職活動する学生へ一言お願いします。
藤永:大それた夢でも、 願えば叶うということを強く信じること、自分自身を信じることが大切だと思います。“今からじゃ無理”だとか“やりたいけれど自分には無理”だとか、“できるわけがない”と自分で自分にブレーキを掛けずに、何かをやりたいと思った時には余計なことは何も考えずに心のままに飛び込んでみるのも一つではないかと思います。
やりたいことが見つからない時には、とにかく興味を持ったことは全部やってみることだと思います。その中から自分に合うものがきっと見つかると思います。人生は泣いても笑っても一度きりです。人生は枝分かれの選択の連続です。自分の選択には自分で責任を持ち、後悔の無い様にあなた自身の道を進んでいって下さい。

大塚:起業の際は、どのようなことを心がけましたか?
藤永:起業に際しては、ネットワークが大切だと思います。はじめは全くキャリアがないわけですから、新規のお客様からの信頼を得るのは難しいと思います。それまで築いてきた人間関係の中で、自分を信頼してくださる方のご紹介から信頼を少しずつ得てきました。
人、出会いは財産です。情報も仕事も人が運んできてくれます。起業に向けては、様々な出会いの場に積極的に足を運ぶのも良いと思います。

大塚:実際、 起業されていかがでしょうか?
藤永:海外移住を機に、海外在住であることや語学力、音楽活動を通して築いてきたネットワーク、コミュニケーション力を活かして何かビジネスができないかと思いました。自分自身もそれまで世界に向けて日本発信をしたいという思いで音楽活動をしていましたし、同じ思いを抱く他業種の方の力になれないかと思いました。もともと音楽活動はずっとセルフプロデュース、セルフマネージメントをしてきました。
もともとはプロデュースをして頂いて全てお任せできるはずが、色々あって自分で全てやる羽目になってしまいました。こんなはずじゃなかったと思うことの連続でしたが、今振り返ればそのおかげで、自分で全てを担う力を養うことができました。自分でライブを主催する時には、企画や制作、宣伝、広報などもしますし、たくさんの人やスタッフも使います。現在の仕事も原理は同じです。自分でやってきたからこそ学ぶことができました。

大塚:ご結婚され海外へ移住の時はどんなことを思われましたか?
藤永:それまでにも歌の仕事やプライベートで海外に行くことは多かったですし、英語も既に日常会話には困らない程度に話せたので、スムーズでした。実際に海外に暮らすのは初めてでしたので、多少のカルチャーショックはありましたが、全体的にはスムーズでした。

大塚:これまで(公私問わず)楽しい(楽しかった)ことは何でしょうか。
藤永:ミスコンテスト、学校での勉強、趣味、音楽活動、仕事、結婚、友人との時間、これまでのあらゆる全てのことが楽しい(楽しかった)です。

大塚:これまで(公私問わず)大変な(だった)ことは何でしょうか?
藤永:父との死別、父の借金、母の病気、音楽活動、仕事等大変なことも数え切れないほどありました。

大塚:公私共にいろいろな方々とコミュニケーションを取っていると思います。コミュニケーションで心がけていることを教えてください。
藤永:相手に興味を持つ様にしています。人を貴賎で区別しないようにオープンマインドを心掛けています。一見何でもないような方が、実は凄い方だったりすることもあります。思いがけない所から思いがけないご縁が広がることがあると思います。

大塚:ご自身を構成するアイデンティティの要素は何でしょうか?
藤永:“自立”です。
依存心の強い母に幼い頃から頼られてきましたので、自然と自立心が身につきました・・・
私と母では、性格が正反対です。良くも悪くも自立心が旺盛になったのには、母の影響が大きいと思います。

大塚:幸せなのはどんな時ですか?
藤永:目標を達成した時。念願が叶った時。主人と一緒に過ごしている時。美味しいものを食べている時です。

大塚:今後のビジョンを教えてください。
藤永:これからも世界中を歌って回りたいです。

大塚:貴重なお話ありがとうございます。

藤永 美欧(Miou FUJINAGA)
ロンドン在住。和をモチーフにCOOL JAPANを提唱し、日本文化を海外に紹介するなど音を通しての日本発信を目指す。歌う親善大使として、日本のみならず国際的に音楽活動を展開。海外の日本文化に関連したイベント等にも数多く出演。2011年、中国の大連にて開催されたアジアファッション業界のレッドカーペット賞FASHION ASIA AWARDにて、歌手部門グランプリを受賞。音とファッションを通しての日本の新と古、和と洋の融合(クロスオーバー)を目指し、日本美、COOL JAPANをグローバルに発信。

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